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学会の報告を書こうと思いましたが、結局は鼻中隔軟骨延長術の話題になりました。

前回の続きになりますが、うちのクリニックではここのところ鼻中隔延長術がとても多くなっています。

 それだけ患者さんの需要があるということですから、やはり美容外科医としては真正面からきちんとこれに取り組む必要があると思います。

そもそも鼻の手術ひいては鼻尖部の手術の難しいところは、それを形作っている軟骨(フレーム:この軟骨を鼻翼軟骨といいます)がどこにも固定されていないことです。

鼻翼軟骨は、外側鼻軟骨や鼻中隔軟骨に緩やかに結合しているため、鼻先は左右上下にかなり自由に動きます。

逆にそうであるがゆえに、鼻先の手術はその位置を正確に決められないし、術前に予想することがとても難しく、手術後に鼻先が上を向いてしまったとか丸くなったとか、術者自身が予想もつかない事態になることがあるのです。

最近うちのクリニックでは、術前にかなり細かく正確に術後の鼻尖や鼻柱の位置を打ち合わせするようにしています。

横顔の原寸大の写真を使って、どこの部分を何ミリ、さげる、あげる、前にだす、下に下げる、といった打ち合わせをしています。

その結果が患者さんの気に入った鼻になるかどうかは別問題(それについては以前のブログで書きました)ですが、少なくとも術者と患者さんの間でそういった打ち合わせができるようになったのは鼻中隔軟骨延長術のおかげと思っていましす。

左右の鼻翼軟骨の間に、固定された軟骨が延びていれば、それをガイドに鼻翼軟骨のどの部分をどこに何ミリ移動させるかといった操作が可能になるからです。

この手術によって、患者さんのさまざまな要望の鼻に対応できるようになりました。

唯一対応できないのは、動く鼻尖が作れないことといっても過言ではありません。

そのため顔全体の表情の変化に鼻が取り残されるので、そこが問題になることがあります。

具体的には、笑った時に、鼻がより長く見えてしまうことがあります。

したがって手術中に鼻の長さを確認するときには、ここを十分考慮する必要があります。

先週の土曜日は日本美容外科学会が東京でありました。

シンポジウムのテーマは「ピットフォール」から学ぶ でした。

手術にはいろいろな落とし穴があり、それを学会の会員が自らの経験をもとに情報をもちよって会員で共有することで手術の精度を高めましょう、という趣旨らしいです。

特に問題になったのは、鼻の「鼻中隔延長術」についてです。これはいろいろな意味で今、旬な手術であるようです。

この手術は学会の先生の中でも意見のわかれるところなのです。

この手術は一切やらないと断言される先生もおられて、その理由は鼻先を延長する、ということは術後何年か経ったあとで鼻先の皮膚が薄くなるリスクがあるから、というのがその理由のようです。

この手術を推進する先生方は、患者さんの要望があること、もし薄くなったとしても軟骨が飛び出した症例はないこと、軟骨のプロフィールが見えてきてもその修正は十分できること、などをあげられていました。

以下は私の意見です。

まず大前提として、鼻中隔軟骨延長術≠鼻延長術ということです。

鼻を延長する手術にはいろいろあるのですが、それらは鼻先の皮膚を必ず裏側から押すことになるので軟骨であろうが、プロテーゼであろうが、問題は一緒で、極端に延長すれば何らかのトラブルは生じる。

もし鼻中隔軟骨延長術で鼻を極端に延長した場合でも、将来的に鼻先の皮膚が薄くなり、その軟骨のプロフィールが浮き出てきてしまう可能性はある。頻度はわからないが、事実そういう患者さんがいる。

しかしその対処法はあり、プロテーゼが皮膚を突き破ってしまった症例に比較してコントロールしやすいのも事実であろう。

問題は、2点あります。

1点は鼻中隔軟骨延長術で極端に鼻を長くする場合、こういったことが将来的におきる可能性があることを術前に患者さんに伝えてきたかどうか。

もう1点はもしそうなった場合の対処を具体的にどのようにするかを事前につたえてきたかどうか(費用などを含めて)。

このことが患者さんにはっきりと伝えられ、それでも患者さんの要望があれば手術はまったく問題ないといえます。

別の問題で、鼻を極端に延長する以外に鼻中隔延長術の存在意義はあるのか、というフロアからの質問がありました。

それに対して私は確固たる意見があったのですが、学会のときには十分な討議の時間がなかったので言えませんでした。

しかしまさにそこにこそ「鼻中隔軟骨延長術」の存在意義はあるといえるのです。

話が長くなるのでその核心については次回に書きます。

先日久しぶり(1年半ぶり?)に人間ドックに行ってきました。

日帰りで、一般的な血液検査・尿検査と胃の内視鏡・大腸の内視鏡まで検査してくれました。

胃の内視鏡は前回別のクリニックで「経鼻」でえらい目にあいましたので、今回も勧められましたが「経口」でお願いしました。

一般的には経鼻のほうが楽だという人が多いのですが、私はもともと鼻炎があり狭いために痛くて、さらに検査後副鼻腔炎と耳鳴りが始まり、耳鳴りに至ってはいまだに治らないといった状態です。

今回は経口でしたのでなんの苦痛もなく無事にすみました。

自分の内臓の中を見るのはなかなか楽しいものです。自分の体なのに他人のをみているようで思わず「ふーん結構きれいじゃん」などと納得しながら見てしまいます。

結果は昨日でましたが、なんの問題もなく血液検査もすべて標準値でした。

一般的に体に悪いと思われていることは何もしていないのと、1週間に2~3回は必ず汗がでるまで運動をしていることが健康に役立っているのかもしれませんが、とりあえず健康な体に産んでくれた両親と食事に気をつけてくれている家内に感謝しています。

50歳の前後ぐらいから不思議と徐々に体調がよくなり(今までの人生の中で一番体調がよさそうなのですが、その分まわりに迷惑をかけているのかもしれませんね、すいません)、最近はついつい食べ過ぎ、遊び過ぎ?になりがちです。

日頃の節制と勤労に今まで以上に励みたいと思っています。

いい教科書や本に出会うとうれしいものです。

ただし、それがいい教科書かあるいはいい本かどうかがわかるには結構時間がかかるようです。

えてしてとっつきやすい本は最初はいいものの、二度と読み返すことのない本になってしまいがちです。

そしてなにものこりません。

いい本いい教科書は何度でも読み返してしまう、そして読みかえす度に新たな発見があります。

最初に読んだときはわからなかったことが、あとで読み返したときにわかるようになる部分が徐々に増えていくようです。

それと同時に自分の成長までわかるようになります。

そういった本はその人の財産です。

人の話の内容にも同じことがいえますが、本に比べると反復することができない分、逆に印象に残った話はずっと心のどこかにひっかかっていて、ことあるたびに思い出されます。

親、友人、家族、先生、先輩、後輩からさり気なくいわれたことで何十年経ってもずっと耳の奥に残っている言葉は、その人の本当の体験に裏打ちされた話であればあるほどあとから思い返して「あ~そういうことだったんだ」と納得することが多いようです。

そういう言葉をたくさんもらって、それを大切にしている人は、きっと豊かな人生を送ることができると思います。

そしてそういった言葉は、心が素直な人にしか届かないようです。

何事も成功する秘訣はそのあたりにあるのかもしれません。

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