いまやクレジットカードは日常生活での必需品になりつつあります。クリニックでもクレジットカードを使う人が多くなっています。
クレジットカードは支払うほうも受け取るほうにもいろいろなメリットがあります。
一番大きいメリットは現金を用意しなくてもいい点です。
ところがこれが逆にデメリットになることもあります。
支払いが後になるということは精神的についつい買いすぎてしまう傾向があるからです。また困ったことに、大部分の人は実際の請求金額より常に少なく考えてしまうそうです。
クレジットカードを使った人なら、月遅れで送られてくる請求書をみて「こんなに買った覚えがない」とびっくりしてしまうという経験があると思います。
もうひとつのメリットはクレジットカードで支払うことで無利子で1~2か月の借金(支払い猶予)ができることです。(ただしこれは支払い回数が1回に限ったことでリボルビングなどは利子が発生します。)
手数料(利子にあたる)は支払いを受けるほうが負担しているからですが、これは消費者からは意外と気付かないことです。
これを利用して、新幹線の切符をクレジットカードで購入して、すぐ払い戻しを受けて現金化する、ということをしていた人もいたようです(今はクレジットカードで購入した切符にはCマークがついていて現金での払い戻しはできないようになっています)。
いずれにしてもクレジットカードは賢く使えば消費者の強い味方になりますが、その使い方でその人のいわゆる「ファイナンシャルインテリジェンス」もわかってしまうというところが怖いところです。
最近になってやっとわかったことがあります。
いろいろなスポーツがありますが、運動神経のすぐれている人は体のどこに力をいれてどこの力を抜くか、ということを本能的にすぐにわかる人だと思います。
スポーツをするうえで体に力を入れることは必要ですが、難しいのは腕や脚以外の主に体幹部分に意識して力を入れることがとても難しいのだと思います。
運動神経の鈍い人はどうしても腕や脚といった目に見えるところばかりに力がはいってしまって動作がぎこちなく十分に力が発揮できないということに気付きました。
そうであれば、体幹のどこに力を入れ、それ以外のどこの部位の力を抜けばいいかを考えてスポーツの基本動作をすれば、飛躍的に上達することが実感できると考えています。
運動神経の鈍い人はこれらのことを本能的に会得できないので考えて動作を行っていくことが必要です。
走る、歩く、投げる、跳ぶなどの基本動作を考えながら繰り返し行うことで、最初は意識しても徐々に意識せずにできるようになるはずです。私の考えでは半年間同じ基本動作を繰り返すことが必要だと思っています。
スポーツにおいてこんな基本的なことが分かるまでに私は50年かかりました。
学校の「体育」の授業ではやみくもに生徒に運動をさせ競わせるのでなくこういったことを早い時期にちゃんと教えてくれれば、その人の一生涯にわたってスポーツを親しむことができるようになるはずです。
先週の週末から少し体調を崩していました。
上気道をやられたわけでもなく、おなかの調子をくずしたわけでもなく、熱が出たわけでもなく、いったいなんだったのかよくわかりません。
症状はひどい頭痛と全身の筋肉痛と倦怠感、寒気。いってみればこれから熱がでそうな一歩手前で止まった感じでした。
結局熱がでるわけでもなく、今週になって回復?しました。
季節のほうも、ここにきてようやく春らしい天気になってきましたが、それまでは暖かくなったり寒くなったりしてちょっと大変でした。
私が小さい頃は、親がいつも「暑さ、寒さは彼岸まで」といって結構そのとおりになっていましたが、最近は秋分の日が過ぎても暑いし、春分の日がすぎても寒かったりします。
少し季節の進み方が遅くなっているような気がしています。
オリンピックの元IOC会長サマランチ氏が亡くなりました。
サマランチ氏が手腕を発揮したバルセロナオリンピック以降オリンピックの商業化が加速しました。
それ以前はオリンピックの理念というものがありました。それを象徴するものに「参加することに意義がある」などが言われていました。
最近のオリンピックはその理念から遠ざかってとにかく「メダル」をとるために国を挙げての選手の強化合戦が目立ちます。
そういった「以前の理念で行われていた70年代までのオリンピック」は経営的にはとても黒字にできるものではなく、大幅赤字の開催地もあったようです。
いまでこそオリンピックの開催地候補は複数の国の立候補が当たり前ですが、ロサンゼルスオリンピックの時は単独立候補だったそうです。
つまり「商業的成功」と「理念」の両立のむずかしさがここにも見られるのです。これは美容外科業界にもぴったり当てはまる問題なのです。
確かにサマランチ会長以降、「オリンピックは参加する」ことだけでなく、「見て面白い祭典」になってきたと思います。その功績は讃えられるべきことであるのは間違いありません。
しかしそれが行き過ぎて以前の「素朴な」オリンピック精神、アマチュアリズムが脅かされるようになればオリンピック自体の存在意義が危うくなります。
きっとこれからのオリンピックは従来のやり方でない新しい方向性が打ち出されていくものと期待しています。
ちなみに私の人生の一番古い記憶は1964年東京オリンピックです。当時4歳の私に強烈な記憶を残したのは三宅選手の重量挙げの場面でした。
新HPのアップから1カ月がたちました。
アップ後にもいろいろなトラブルに見舞われましたが、ようやく落ち着いてきました。
ウイルスバスター2009をご使用の方で、HPの一部(「アクセス」、「クリニックについて」、「学会発表・論文発表」)が見られないというトラブルがありましたが、もしそれが回復していないようでしたら次のように対処してください。
ウイルスバスターのメイン画面からウイルスバスター2010に無料でバージョンアップできますのでまずそれをおこなってください。
バージョンアップしたあとで、もう一度表示されなかったページにアクセスしていいただいて、その一番下に「表示する場合はここをクリック」というところをクリックしてください。そのあとはいつでも見られるようになります。よろしくお願いします。
「美の真実」が以前の私のブログタイトルでした。
美の真実とは何か、を言い当てるのは大変難しい命題です。
私は、「美」とは現にそこに存在するものではなく、それによってその人の心に何らかの深い満足感や感動を呼び起こすものだと思っています。
したがって人によって「美」の感じ方は違ってきますし、「美」には際限がありません。
「美容外科」の難しさは、美容外科が医学の一部であるにもかかわらず、そういったサイエンスでは説明しきれない「美」をもあつかう分野であるというところにあります。
医学的に妥当な治療で、患者さんの「美」の満足度が最大になるような治療法がいいとはわかっていても、それがいつもすぐに見つかるとはかぎりません。
さらに患者さんの経済的・社会的な面まで考慮して治療法を絞っていかなければいけません。しかもその答えを限られた時間内で見つけていくことになります。
そういったことを、あーでもない、こーでもない、と考えながら日々の診療をしているとあっという間に1日が終わってしまいます。
HPの新着情報にも載せましたが、日にち限定でサーマクールCPT体験デーを行います。
サーマクールCPTはチップのバイブレーション機能によって痛みが大幅に軽減され、肌への熱効率もアップしたことで若返り効果が期待できます。
以前サーマクールを受けたことのある患者さんで、効果はあったのだけれどあの痛みは忘れられない、というトラウマをお持ちの方はぜひもう一度体験してみてください。
またサーマクールをいままで受けたことがない患者さんで、受けたいのだけれど痛みがあるからこわくて受ける機会がなかった、という方にもぜひ体験してもらいたいと思います。
体験版なので少しショット数は少なくなりますが、最低200ショットは保証します(応募状況によってはそれ以上のショット数を受けることができる場合もあります)。
5月24日27日29日の3日間です。時間指定がありますのでご注意ください。また定員になり次第募集を締め切りますのでお早めにご予約ください。
お値段はおひとり1回につき84,000円です。
上海万博がまもなく始まります。
たぶん訪れることはないと思いますが、万博と聞くと我々の年代はどうしても今から40年前1970年の大阪万博を思い出します。
一度だけ大阪万博に家族・親せき一同でいった覚えがあります。私が10歳(小学校4年生)の頃でした。
いまだにおぼえているのは、入場チケットは何かの福引で当たって手に入れたことと、当日はとにかく混んでいて迷子にならないように気をつけているのが精いっぱいだったことです。
どこのパビリオン(会場)に入ったかは全く記憶がありません。アメリカ館が人気だったはずですが(月の石があったと記憶しています)、こういったパビリオンは最初からあきらめていました。
それ以外にとりわけ強烈に記憶に残っていることがあります。
大阪までの往復は新幹線でいったのですが、帰りの新幹線が超満員で座れる席がひとつもなく親戚全員が途方に暮れているときに、だれかが「食堂車が空いているかもしれない」ということで食堂車に移動しました。
新幹線の食堂車は数年前に全編成から姿を消していますが、その当時はかならずありました。
その時も営業時間は終わっていましたが、ブッフェコーナーに座ることができました。電気もついていなくて薄暗くてわびしさもありましたがとにかく生れてはじめての「食堂車」がすごくうれしかったのです。
当時の日本は高度成長時代の真っただ中、素朴な時代から新しい時代へと変わっていくまさにターニングポイントだったのです。