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先日患者さん?からのメールで、厚生労働省の医師検索システムで私の名前が検索できない、とのご指摘をうけました。

早速厚生労働省のHPからこの検索システムで自分の名前を入れたところ確かに検索できないという結果がでました。

そこで詳しくこのシステムについて調べてみたところ、医師からの申請がない限り検索してもその医師の名前が出ることはないということがわかりました。

申請用紙はこのサイトからダウンロードできるので早速申請事項を書いて本日付で提出しました。

1カ月ほど前におこった岩手県のにせ医者騒動で怪しいと思った病院関係者がこの医者の名前を検索したところ検索不能だった、というニュースがあり、私自身も初めてそのシステムを知ったのですが、自分は医師免許交付と同時に登録されているとばかり思っていました。

ちなみに私の知り合いの医師の名前を検索してみたところ3分の1は結果が出ませんでした。

今回この件につきご指摘いただいたことにお礼を申し上げると同時に、決して私は「にせ医者」ではありませんのでどうかご安心を・・・。

人の脳は、あるものを見ると(あるいは感じると)、快適ホルモンが放出されます。

快適生活ひいては快適人生を送るためには、まず第一歩としてこの快適ホルモンが放出される瞬間を知るあるいは感じ取ることにあります。

人は快適の真っただ中にいると(不幸の真っただ中も同じですが)、我を忘れがちです。

何かを見た瞬間に「快適!」と思ったら、それが何だったのかを細かく記憶に留めておく冷静さが必要です。

たとえば人の顔を見て「この顔が好き!」と思ったときに、冷静にどこの部分を見てそう感じたのか、そこの部分がどうだったから「好き」と感じたのかを知ることが重要です。

そこがまさしくその人にとっての快適スイッチなのです。

人の顔で快適スイッチになりやすい部分は、目頭から鼻にかけて、下まぶたからほほにかけて、口元から顎の少し横にかけて、などです。

こればかりは理論や定規で測って出せるものではありません。

これは人の顔に限ったものではなく、お気に入りのものなど趣味趣向にも言えることで、どの部分に快適と感じるかはひとによって様々です。

それが分かればその人の快適生活の入り口が見えてきてその後の快適人生が用意されたと言えます。

今年の春は花粉が少ないせいか、体調がとてもよく過ごせました。

例年、梅雨の時期になると花粉症の症状がおさまりますので、今年は花粉症で悩まされることはなさそうです。

以外に知られていないことですが、花粉症は下痢もおこします。腸の粘膜も、鼻の粘膜もおなじ粘膜ですから、鼻で起こることは腸でも起こります。

花粉症による鼻炎を患ったことのある人ならわかると思いますが、突然にくしゃみや鼻水が大量に分泌されます。同じようなことが腸に起こったと考えれば、それがどれほどの症状を起こすか、想像できると思います。

時間を問わず、突然おなかが痛くなり下痢を起こすことを考えてみてください。これはとてもつらいです。3~5月ごろにこのような症状のある人は、一度花粉症による下痢を疑う必要があります。

私自身、花粉症による下痢を知るまでは、とてもつらく原因が不明の下痢に悩みました。下痢には食べ物が原因と考えるのが普通ですから、この季節に3カ月間ほど食べ物を全部メモして原因を探ったことがあります。

はっきりした因果関係がわからなくて今までに「犯人」にされたものは、「塩分」「胡椒」「牛乳」「チーズ」「パスタ」「肉」「バター」などなど・・。本当にこれらが犯人だったとすると食べるものがほとんどなくなってしまいます。

留学してほとんど白米を食べなかった時期は下痢をしなかったので、てっきり白米が原因、と考えた時期もありました。その国に花粉が飛んでなかったのが原因だったようです。

また春先におこるので、学生のころは新学期による緊張のせいだと考えた時期もありました。

今は、抗アレルギー薬のおかげでこういった下痢は全くなくなりました。さらに今年は花粉が少ないので輪をかけて調子がいいようです。

昔を思い出すときに、その時によく聴いていた音楽がきっかけになることがあります。

20代前半までは、その時々の記憶が音楽にしっかり結びついています。

30代以降はほとんどそういったことがなくなり、いまや・・全くなくなりました。

そのせいか不思議なことに25歳以前のことのほうがそれ以後のことよりもより鮮明に思い出せたりします。

あと10~20年経って、この2010年ごろを思い出すときに音楽がきっかけになることはないし、思い出せたとしてもその時感じたままにビビッドに思い出すことはないように思います。

少しさみしい気がします・・・。

今日の朝は、5月というのに秋のような気配がしてはっとしました。最近は雨が続いたり、真夏のような暑さだったりの繰り返しでうんざりしていましたが、今日は朝から空気の透明感を感じました。

時期外れの乾燥した天気というのも新鮮でいいものです。

ちょうど真冬に訪れる春一番に何とも言えないわくわくした気分になるのと似ています。乾燥が続く日にざわざわとした少し湿った空気が流れ込んで荒れた感じが春一番です。

順当な季節の移り変わりも日本の四季ならではですが、意表をついた季節の変化も楽しいものです。

話はかわりますが、近日中にモバイルのほうもあたらしいHPがアップされます。全頁、新たにしましたのでぜひこちらもご覧になってください。

もちろん院長ブログや症例写真集もあたらしいHPのなかで見られるようになります。以前は携帯からは症例写真が見られないことが多かったのですが、今回のはイラストも含めて全部を見ることができるようなっています。

よろしくお願いします。

今夏の参院選からインターネットによる選挙活動が解禁になるかもしれません。

その面では最も遅れている政治がやっとここまで追いついた感があります。

情報を伝えることが政治の根幹であるとすればまさにその根幹を変えてしまうことになるかもしれない改革です。

美容外科業界も患者さんに情報を伝える方法としてHPを活用するようになってから、それがその経営形態にまで影響を及ぼしてきました。

スケールメリットを考えた全国チェーン店方式による美容外科クリニックの相次ぐ行き詰まりは、その根本にこうした情報改革による影響が大きかったと考えられます。

なぜなら情報を伝える手段のなかで、ネットほど多くの人に情報を伝えしかも安価にできるという方法が他にないからです。

若い世代がこうしたソースから情報を得て、政治に関心を持ち、積極的に参加するようになると政治は一気に変わる可能性があります。

あともう一つ、これからの選挙の改革課題はネットによる投票です。これが解禁になった時、もはや旧態然とした政治が生き残る余地は全くなくなると言っていいでしょう。

最近、時代は変わったとつくづく思います。

平成になって22年が経ち、昭和はリアルな時代から振り返る時代に変わりつつあります。

私は昭和時代を28年間生きていますから、平成時代よりも昭和時代を長く過ごしている世代です。

美人の基準も少しレトロなので、患者さんに「かわいくしてください」といわれるとどうしても鼻筋が高くすーっと 通って目がぱっちりして顎が尖って、という昭和な顔を想像してしまいます。

ところがここ10年ぐらいで鼻を高くしたいとか顎にプロテーゼを入れてほしいという要望がめっきり減ったような気がします。

うちのクリニックの患者さんだけの傾向かもしれませんが、鼻筋を通してほしい、という要望はあったとしても高い鼻は希望されないことが多いし、顎もこちらがかなり控えめにしたつもりでも大きすぎると感じる方が多いようです。

そこから導かれる平成時代の「かわいい顔」というのは、目はぱっちり鼻はこじんまりと小さいけれど鼻筋が少しとおり、顎は小さくて尖ってなくてもいい・・・とくれば美容外科医にとっては難題ばかりです(一般に美容外科の手術は大きくするほうが小さくするよりも簡単なことが多いからです)。

しかし「必要は発明の母」といわれるように「患者さんの希望は手術方法の母」ですからそのうちこの難題に答えが出る時がくるでしょう。

やっと答えが出るころには時代が変わって患者さんの希望する顔も変わってしまう、ということのないように・・。

カウンセリング料については、今まですべての患者さんについて2回まで無料でしたが、今月から他院の手術の術後経過についての相談は有料(3150円)とさせていただきます。

過去に他院でうけられた手術の修正手術相談は従来通り2回まで無料です。

例)有料の場合のケース

「2週間前に他院で埋没法をしたが、術後の経過が不安でみてほしい」「他院でうけた眼瞼下垂の手術で術後2カ月経つが、まだ腫れているのでみてほしい」「輪郭の手術をうけたが半年たってもしびれがある、麻痺があるのでみてほしい」

などです。原則は、手術を施行したクリニックが術後経過の検診として当然診るべき状態について患者さんがセカンドオピニオン的に当クリニックのカウンセリングを希望される場合は有料、とお考えください。

例)無料の場合のケース

「過去の埋没法で作った二重が取れてきたから修正できるかみてほしい」「眼瞼下垂の術後の状態が自分の希望していたのとちがうので修正できるかどうかみてほしい」「過去にいれた鼻のシリコンプロテーゼの皮膚が薄くなりなんとかしたいのでみてほしい」

などです。

カウンセリングを受ける前にどちらのケースか迷われた場合は予約の時に受付のものにおたずねください。よろしくお願いします。

先進国の中で財務状況がもっとも悪いとされている日本ですが、その国の通貨がなぜ高くなるのか。

ここ1週間ぐらいの急激な円高は、比較的信頼が高い通貨として円が買われたからと説明されています。

経済の不思議です。常識に考えてこの二つは両立しないはずです。

円高という現象は、実際にこの価格で全世界が取引をしているわけですから、疑いようもありません。

そうすると「財務状況の悪化」といわれていることに信憑性が疑われることになります。

実際にこの国の借金がふくらんでいる、といってもその内容が間接的に自国民からの借金がほとんどであるから問題ないのだ、というように考えることもできます。

要するにそこにあるのは国の借金と国民の保有資産のアンバランスが存在するだけという見方です。

しかしこのような状況がいつまで続くのかが問題で、その関係が破たんする時にはきっと「円高」も解消されるはずだと考えるのが普通でしょうが・・。

小さい頃、とにかく「くじ」が好きでした。「くじ」といっても近所の駄菓子屋でひく「くじ」です。

大きな箱が20ぐらいに小さく仕切られていて、そのなかに小さなおもちゃや駄菓子が入っていてなかが見えないように紫色の紙でふたがしてありました。

今のだとこんな感じのものです。↓

 

10円で1回だけその紙を破って中のものを手に入れる、という簡単なくじです。時々いいもの(子供にとっては・・ですよ)が入っていて、友達がそれに当たったりすると猛然とファイトがわき、どんどんくじを引いている間におこずかいを全部なくして泣いて帰った記憶が何度かあります。

そのまま成長していたらとんでもないギャンブル好きになって、わが身を破滅させていたかもしれません。

幸い私の母は、私の「くじ」にたいする欲求があまりに旺盛なのを利用して、お手製のくじを作りピアノ教室に1回行ったら1回くじを引けるという条件で大嫌いだったピアノ教室に通わせようとしました。

それ以後しばらくして、あれほど好きだった「くじ」熱も冷め、成人以後ギャンブルはおろか宝くじさえ買ったことがほとんどありません。

もともとこういったギャンブルはだれが一番儲けているかを冷静に考えるとばかばかしくてやる気が起きないものですが、時に人は夢を見たくなるものです。まさに幼少時の私のように・・・。

その人間の弱みに付け込んでいるとしか思えない、宝くじ事業に群がる天下り役人の実態が明るみにでた今回の事業仕分けでした。