今まで解剖が大事だとさんざん申してきましたが、解剖の知識が逆に現実を見誤らせることがあります。
解剖がすべてだと思い囚われすぎると解剖学的な名前のない構造物は、存在していても認識できなくなるからです。
手術中は、目の前にあるものを素直に見る目を失ってはいけません。手術中は決して思い込みで突き進んではいけないということです。
例えば上眼瞼挙筋腱膜でも「1枚のもの」と決めつけてしまうと一番重要なものを見失うことがあります。
数枚が重なっているかもしれない、それがばらばらになっているかもしれないと思って手術をすすめると全然違った結果になります。
結論から言うと挙筋腱膜の中でもっとも求心的な、つまり眼窩脂肪に一番近い膜、これが一番パワフルな腱膜であることが多いのです。
だから隔膜を切開し、必ず眼窩脂肪を確認することが重要になってきます。
このはがれてしまっている求心的な膜を遠心的な膜(一般的に挙筋腱膜と思われている膜)に固定するだけで開瞼が十分になることがあり、これを瞼板にまで固定してしまうと場合によっては瞼が上がりすぎてコントロールが難しくなることがあります。
上眼瞼の話が続きましたが、まだ3分の一も進んでいません。しかし同じテーマが続くと飽きますのでいったん上眼瞼をお休みして、次は鼻について記事を書きます。
上眼瞼挙筋腱膜の話が続きます。
上眼瞼の手術で大切なことはもっと他にもたくさんありますが、ここを理解しないとなかなか前に進みませんので少し難しい話でも我慢して聞いてください。
ここからは、形成外科トレーニングを終了しているドクターであることが前提での話になります。
上眼瞼挙筋腱膜は1枚の膜、というように理解していますでしょうか?
もしこのように理解していると、隔膜を切開して眼窩脂肪を確認するということがあまり重要ではなくなります。
隔膜を切開せずに挙筋腱膜と思われる部分を糸で瞼板に固定すればいい、という術式になります。
ところがこれでは眼瞼下垂が改善しないことがあります。
とくに瞼板癒着による切開二重を受けた患者さんの術後修正を手掛けていると、挙筋腱膜の離開という現象に直面して、下垂が容易に改善しないことがあります。
これを理解するにはまず挙筋腱膜は元々数枚の膜が重なってできているもの、と考えればつじつまが合います。
このことは数年前に「美容外科学会」で発表していますが、切開二重の修正をよく手掛けている先生からは賛同を得られました。
その時の理論というのが「1枚まわし」理論です。
相撲が好きな人はピンとくると思うのですが、相撲取りの回しが何重にもなっていることから挙筋腱膜をこれにたとえたものです。
「まわし」の全部に手がかかると相手を強烈に持ち上げることができるのですが、表面の1枚だけしか手がかからないとバラバラになって伸びてしまい吊り上げる力が相手にあまり伝わりません。(最近引退した稀勢の里がよくやってました笑)
これと同じことが挙筋腱膜にも言えるのではないか、というのが私の長年の他院修正経験による推論です。
上眼瞼の手術その5 に続く
2週間前、新潟で美容外科学会がありました。
新潟は生まれて初めてでした。
新潟はコメどころでよい日本酒があるとのことで、お酒好きな先生方にはそちらのほうの楽しみもあるからいいのでしょうが、下戸の自分にとっては何の楽しみもないなぁ~とため息交じりの学会でした。
もともと参加する気はなかったのですが、会長からの依頼でしぶしぶ(会長先生、すいません)参加する感じでテンションも上がらないままシンポジウムの準備をしていました。
「お題」は眼瞼下垂
これもまた、私にとって、これといって持ち合わせたアピールポイントが少ないカテゴリーでしたが、ない知恵をしぼって発表にこぎつけました。
結果は、自分でいうのもなんですが、意外と好評で、中でも「1枚まわし理論」については、いろいろな先生に賛同を得ました。
今まさに名古屋場所だから、というわけでもないのですが、相撲でいう1枚まわし・・・まわしは何枚かをまいているのですがそのうちの1枚だけをつかんで相撲をとること・・・が、切開式重瞼術の術後眼瞼下垂に起きている現象と酷似していることに注目して発表したのです。
ちょっと専門的な話になりますが、眼瞼下垂というと「挙筋腱膜前転固定」が基本で、前転量によって下垂状態を改善していくイメージですが、この「1枚まわし」理論は、ばらばらになった挙筋腱膜を1枚1枚修復していって目ぢからを調整していくものです。
まわしを取るのにがっちり全部をとるのと、1枚をとるのとでは、上手(あるいは下手)の引つける力に雲泥の差ができることは、相撲を見たことがある人ならすぐにわかると思います。
そんなこんなで終了した学会でしたが、学会後の懇親会で購入できた「諏訪田」の爪切りは本当によかったことと、懇親会中に幾人かの先生に「先生は手術が本当にお上手ですね」とほめていただけたことが、新潟の学会のいい思い出となりました。
形成外科にはいろいろな手術があり、その全部をマスターするには長い時間かけて研修する必要があります。
しかし美容外科医になるためであれば、その全部に精通する必要はありません。
美容外科医になるために、どうしてもマスターしておかなければならない手術手技を具体的にあげます。
まずは「眼瞼下垂」に対する「挙筋腱膜前転固定術」です。
今や、形成外科の看板手術として、どこの病院で研修していても経験できる手術です。
特に挙筋腱膜の解剖を正しく理解する、しかもこの際、幅広い年齢の患者さんの瞼の手術を経験し、若年者の腱膜と加齢変化を起こした腱膜の違いをよく見ておきましょう、それが後々美容外科医になった時のまぶたの手術に役に立ちます。
美容外科医になってスキルアップし、他院修正の手術を引き受けるようになった時、たよりになるのは挙筋腱膜に関する幅広い知識と手術経験です。
ただし、間違えてはいけないのは、老人の眼瞼下垂に対する手術と若い患者さんの瞼の手術は全く違う手術ですので形成外科時代の感覚で若い人の瞼の手術をしてはなりません。
美容の手術はやはり見た目の改善を目的に手術を考えなければトラブルになります。
このあたりが、形成外科の手術は美容外科の手術にとって、必要条件であるものの十分条件ではない、という具体的な事例です。
他にも必要条件になりうる手術を今後少しづつ挙げていきたいと思います。
ここのところ眼瞼下垂術後の修正の患者さんが続きました。
いずれも他院で眼瞼下垂の手術をうけ、その後修正を受けた結果が思わしくなくて、当院での修正手術希望となった患者さんです。
修正術の修正ともなると、こちらもそれなりの準備をして手術を引き受けるかどうか決断することになります。
そのために前もって、手に入る情報を集めます。
最初の手術の術前の写真や、修正手術の直前の写真、それぞれの術後経過、患者さんは術者にどのように説明をうけ、患者さんはそれに対してどのように感じたか、最初の手術のあと修正したくなった理由などとにかくお聞きできることはなんでも聞いておきます。
そうして、最初の手術からうちのクリニックの初診に至るまでの流れをできるだけつかむようにします。
それから今の瞼の状態をつぶさに観察し、いままでどのような手術がおこなわれてきたか、それによって得られる結果と今の状態がむすびつくかどうか、などストーリーを組み立てます。
そこの段階ではじめて、当クリニックでの修正手術の内容、期待できる結果、リスク、術後経過などをまとめて患者さんにお話しします。そのためにカウンセリングは少なくとも2回は必要になることが多いようです。
これだけの準備をしても、実際に手術で傷を開けてみないとなにが行われてきたかはわからないケースが多く、患者さんにも術者にもたいへんストレスの多い手術となります。
なかには、前回の手術で挙筋腱膜にたどりついた形跡のない症例も見受けられます(同業者のかたで、そんなバカな、と思われるのであればあなたは手術の経験が足りない初心者か、逆にスーパードクターか、どちらかです)。
そこで感じるのは、術者に修正する自信がなければ眼瞼下垂の「修正手術」はできるだけ避けるべきで、それでも患者さんが修正を希望される場合は、セカンドオピニオンをすすめてもいいのではないかと思います。
中には、2回目の修正手術をやめておけばこんなことにならなかっただろうに・・・と思う症例もけっして少なくないからです。
重瞼術には大きくわけて「埋没法」と「切開法」があります。
うちのクリニックでは比較的「切開法」が多いので、しばらくこれについて書こうと思います。
一般的な美容クリニックで「切開法」をするところはそれほど多くはないようです。中には「うちは切開はやりません」というところもあります。
この理由はいろいろでしょうが、結局のところ「切開法」は難しいというのがその原因だと思います。
技術的に難しいということも少しはありますが、それよりももっと大きな原因があるようです。
それは術前に細かい結果を患者さんにお約束することが非常に難しいからです。それと術後の修正がとても難しい、特にもとに戻すことは不可能といってもいいぐらいです。
患者さんにとっても美容外科医にとっても、これはトラブルのもとになりかねません。その点で「埋没法」は優れているといえます。
しかし「埋没法」では実現できない二重もあります。その時は「切開法」を選択せざるを得ません。
そこで「切開法」のいろいろな問題点を考え、それについてどこまで改善できたか、あるいは改善できそうか、できないのかを考えてみました。
まず「切開法」の問題点について。
簡単なところからいえば、術後のダウンタイムです。以前の「切開法」では2週間から1か月ぐらいと考えられていました。「埋没法」より長いことは確かなのですが問題なのは、2~3か月しても腫れが落ち着かない患者さんがいることです。
「切開法」をしたことのある美容外科医ならこういったダウンタイムの長い患者さんのフォローでこまった経験があるはずです。
なぜこのようなことが起きてしまうのか、そしてそれを予防するには?については次回です。
先日開かれた「美容外科」学会のテーマは「眼瞼下垂」でした。
宇津木先生のご努力で大変有用な学会になっていました。眼科、形成外科、美容外科の先生がシンポジウム形式で討論するのを拝聴するという形式でハイレベルな学会になっていたと思います。
あえて言うならば、会場のセッティングに少々難があったのと時間があまりに少なすぎた、というのがとても悔やまれます。
さて内容についてですが、私の印象は一言でいえば「眼瞼下垂」というテーマの取り上げ方の難しさです。
この場でも過去幾度となく書いてきましたが、「眼瞼下垂」というのは病名、あるいは病態を表す言葉です。手術の方法をいうわけでもなくその改善方法を指すわけでもありません。
したがってこの「眼瞼下垂」をテーマにしてしまったら内容は膨大なものになってしまうことは明白です。つまり半日そこらの学会では到底結論など出ようはずがありません。
参加した学会員の多くがきっと、今回の学会でわかったようなわからなかったような、そんな印象をもたれたのではないかと思うのです。できれば日頃の美容診療になにか役にたつようなひいては患者さんのためになるような身近なテーマも話し合われるとよかったのですが・・。
美容外科の学会ですから最終的には、外見を改善するのに「眼瞼下垂の手術」を応用することでどのような問題点があるかということをもっと話し合うべきで、、。
要するに私たち美容外科医や患者さんは、目(目の見開き、もっと専門的にいえばMRD)を大きくすることでお顔全体が本当に可愛く若返って見えるようになるのか?その一点が知りたいのです。
美容目的であるいは若返り目的などで、気軽に眼科や形成外科・美容外科で「眼瞼下垂」の手術を受けられて「こんな外見になるとは思わなかった」と悩んでおられる患者さん、意外と多いのです。
その原因として考えられるのは、術後の眉毛の位置が正確に予測できないこと、重瞼ラインの位置、強弱のコントロールが難しいこと、上眼瞼のボリュームのコントロールの難しさ、などが挙げられます。
私の「眼瞼下垂」に対するテーマはここに挙げた3点で、今回の学会でもこのことについてなにか知見が得られれば、と思って拝聴していましたがなかなかはっきりした答えは聞けませんでした。
立て続けに症例写真を更新しました。今回の症例はこちら。
今回の患者さんは、以前眼科クリニックで「眼瞼下垂」の診断のもとに「切開する」ことなく眼瞼下垂手術をうけたとのことです。
術中、多数の埋没糸(我々が埋没法で用いる糸よりかなりごついものでした)を認め、これをできるだけ除去しました。
これ以後は通常の「挙筋腱膜前転固定術」をおこないました。
ところが術後の経過が「開きすぎ」で患者さんもツッパリ感が強いとのこ、結局2週間経過しても症状が改善しないため2回目の手術をおこない、開瞼幅を調整しました。
その後の経過は順調のようです。
修正手術で一番難しいポイントは術前の状態にブラックボックスが存在することです。つまり元々の状態が全部解ったうえで手術ができるわけではないということです。
思うにこの患者さんの元々の状態は、眼瞼下垂ではなかったのではないかと推測されます。
それではなぜ眼科の先生は、保険で眼瞼下垂術をおこなったのでしょうか?しかも切開ではなく、糸を埋没することで開瞼幅を大きくするという手術をおこなったのでしょうか?
なぞは深まるばかりです。それにしても今回の修正手術で患者さんに余分な負担をかけてしまったことに大変申し訳ないと反省しています。
最近ではまぶたが重い、開きにくい、というと「眼瞼下垂」と考えられるようになってきました。
この「眼瞼下垂」という病態の主役は眼瞼挙筋であることもよく知られてきました。
一方まぶたを動かす筋肉に「眼輪筋」という、まぶたを閉じるほうに働く筋肉があります。
この眼輪筋が過剰に働けば、まぶたが開きにくい状態になります。この状態を「強直性眼瞼けいれん」と言います。
一見眼瞼下垂で目が開きにくくなっていると思われる患者さんの中にこの「強直性眼瞼けいれん」のかたがいます。
もちろん病気といえないまでも眼輪筋の働きが強くて目を大きく開けられない患者さんがいます。
こういった患者さんには、挙筋腱膜前転固定術だけおこなっても改善しないことがあります。
顔面の表情筋のところでお話ししたように、筋肉には働きが真反対なものがありそれらがバランスを取りながら表情などを作り出しています。
まぶたも開ける筋肉と閉じる筋肉のバランスで、その状態が決まっていると考えられます。
この「強直性眼瞼けいれん」にはいろいろな治療法がありますが、どれも効果の面で確実な結果を出すのがむずかしいのが現状です。
眼瞼下垂手術のパイオニア、信州大学の形成外科では眼輪筋をできるだけ切除する方法が行われているようです。
昨日の話の続きです。
重瞼手術後に睫毛の付け根に皮膚がかぶさっているのを治してほしい、という要望があります。これは昨日の睫毛外反の逆になります。
挙筋腱膜の構造上、目を閉じた状態でかぶさっていても開けると治る場合もありますが、その反対はありません。両方でかぶさっている状態はありえます。
重瞼ラインの固定が、瞼板が挙筋腱膜に固定されている部位から離れていて、なおかつ睫毛上の皮膚が余っているとこのような現象が起きやすいと考えられます。
こういったトラブルを治すためには、原因が「瞼板と挙筋腱膜との固定」と「重瞼ラインの挙筋腱膜への固定」の微妙なずれにあるという理解をすることが第1歩と考えます。
挙筋腱膜がただ1枚の単純な膜であればこのようなことは起こりえません。さらに瞼板と腱膜の固定がしっかりしたものであれば、切開式重瞼術はもっと単純な、予想のしやすい手術になっていたはずです。さらに、以前にも書きましたがこういった事情がまぶたの目がしら側と目じり側で微妙にちがうので問題が複雑になります。
しかしこの挙筋腱膜の構造を1度理解してしまえば、逆にこれを利用していろいろな目の形を作り出すことが可能になり、睫毛の向きもコントロール可能になります。
もちろんこれらを理解すれば切開式重瞼術がすべてうまくいくかというとそうではありませんが、少なくともこれぐらいは理解しておかないと安心してできる手術とはいえません。