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去年の夏に採用した完全な電子カルテ、過去の紙カルテからの移行がすべて完了しました。

開業したのが2008年10月、それ以来2015年7月までの7年分の紙カルテ情報は当初思っていたよりも膨大なものでした。

それにしても紙カルテが占めていた空間が一気になくなって、情報へのアクセス時間の短縮とともに膨大な余剰空間が得られたことも電子カルテの魅力です。

導入からほぼ半年経過しましたが、もう紙カルテに戻ることはできないというのが、私とスタッフ全員の感想です。

過去の紙カルテはすべてそのままスキャンして電子カルテに取り込むようにしてますが、自筆のカルテを見るたびにその汚さにうんざりしてしまいます。

最近では患者さんのお話を聞きながら同時にこちらも話をしつつ、さらにパソコンのキーボード入力もする、といった感じで診察が進んでいきます。

ときどき話の合間にパソコン入力に集中してしまうこともありますが、できるだけ診察内容を詳細に漏らさないように記録するためですのでご容赦ください。

お話がかなり複雑になる患者さんの場合、やりとりを入力するばかりでなく、直接音声ファイルにしてカルテに張り付けておくことも可能です。

患者さんご自身の写真に限らず、ご希望の芸能人の写真をカルテに張り付けておくこともできます。

その手の写真はネットからすぐに取り込むことが可能ですので、患者さんがわざわざプリントアウトして持ってきていただかなくても大丈夫です。

久しぶりに自宅の書斎の大掃除をしました。

ここ2年ほど、本当に忙しくて自分の周辺のことをかまっている時間が全くなく、その間にたまってきた物で部屋があふれかえっていました。

自分の部屋に朝から晩までいたのは、数か月ぶりで・・・・、物でごちゃごちゃしていた部屋がずいぶんすっきりしました。

ヒト一人生きていくのにそれほど物はいらないということをあらためて感じました。

それでも、身の回りをシンプルにする、或いはシンプルを維持していくのは容易いようで結構むずかしいものです。

・・・すぐ物がたまって乱れてくるのが普通です。

よほど意識して物を捨てる、或いは片づけていくようにしないとシンプルで美しい部屋を維持できません。

似たようなことに、美容外科の手術を受ける患者さんがよくおっしゃる、「自然な感じの仕上がり」というのがあります。

患者さんによって「自然な感じ」はそれぞれすこしづつ違うと思いますが、「自然な感じ」=「簡単な手術で実現できる」とはかぎらないと思います。

むしろ自然な感じにしようと思うと意外にいろいろなところを手術しないと実現できないことのほうが多いように感じます。

「美」についても同じことがいえそうです。

容易に手に入らない、もしくはなかなかありえないもの、というのが「美」の条件の一つです。

もうひとつ言えることは・・、私を含めて一般の人には「美」は目の前で見せてもらうまではその存在に気付かない、あるいは理解できない、想像できないもの、であり・・・そのことは、過去の「美の巨人」の数々の作品を見れば明らかです。

人生には時々はっきりした節目を感じる時があります。

そこまでいかないとしても、明日2月3日は節分、翌日(2月4日)が立春という季節の分かれ目になります。

ここ2年ほどは、手術がたて込みとても忙しい日々を過ごしてきました。

来週からは少しゆっくりした時間を過ごせそうです。

私も56歳になり、きっとここが人生の節目になるような予感がしています。

前回の記事で書きましたCEOはもうお分かりだと思います、そのスティーブジョブズの享年と同じ歳になります。

彼がなくなる6年前、2005年のスタンフォード大学の卒業式の彼のスピーチをyou tubeなどで知っている人も多いかと思います。

とても示唆に富んだスピーチですので、見られたことがない方は是非一度ご覧になってください。

その中で、彼は「…death is very likely the single best invention of life」と言っています。

死は生命の一つの最高の発明である・・といった内容です。

一度は死にかけた人にしか踏み入れることのできない境地に達したから言える言葉だと思いました。

今新しいものでも明日はすでに古ぼけたものとなり、退場を強いられる、しかしそれは新しいものにとって置き換えられるための必要条件であり、そう考えると古いものがいなくなることは悪いことではない、といいたかったのでしょう。

また今日が人生最後の日だったとして、今やっていることが本当に自分がやりたいことなのかどうか毎朝自分に問いかけて、ノーが続くようならやっていることを考え直したほうがいい、ともいっています。

死はすべての人に平等に必ず訪れるものであるにも関わらず、普段ほとんど意識せずに過ごしていることに自分の愚かさを痛感することもあります。

今から7年ぐらい前のことです。

今までの自分の人生の中で一度だけアメリカ本土に足を踏み入れたことがあります。

新しい手術のデバイスのセミナーがアメリカの西海岸である、とのことで参加したのです。

日本人だけの参加でしたが、10人ちょっとの参加者のうち知っているドクターはだれもいなかったのでちょっと新鮮な感じがしたことを覚えています。

このセミナーや参加者のことは、またの機会があれば書きますが、今回はそのセミナーが行われた地についてとても新鮮だったことを思い出したので書きたいと思っています。

それはサンフランシスコから南へ1時間ぐらいの地、スタンフォード大学が近くにある小さな町でした。

滞在したホテルはホテルと呼べるほどのものではなかったのですが、街中にしては空気がとても新鮮で、特に朝方は軽井沢にいるような錯覚にとらわれるほどの体験をしました(ちなみに私は軽井沢へ行ったことは生涯一度しかないのですが・・)。

セミナーが終わって、参加者同士でホテルから少し離れた繁華街?へぶらぶら歩いて行ったのですが、それまでの人生の中で一度も体験したことがない、不思議な町でした。

田舎でもなく街中でもなく、人が多いわけでもなくそうかといってさびれた感じはしない、やけに親切な人が多い、とても不思議な町だったことを覚えています。

それは「パロアルト」という町でした。

この地名を聞けば、あーっ と気付く人もいるかもしれません。

おそらく世界でもっとも有名な企業のCEO(故人)が住んでいた(当時は存命だったはず)町だったのです。

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