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冬季オリンピックも終盤、クライマックスは、やはり女子フィギュアでした。

今回金メダルをのがした浅田選手でしたが、3アクセルを2回飛んだフリーの演技は立派なものでした。

金メダルを取った選手もすばらしかったのですが、1位と2位の差は何だったのかと考えます。

最近のオリンピックでは金メダルを取るためには、演技の技術が高いばかりでなくメダルをとるための戦略的な考え方も必要のようです。

ジャッジの基準の流れがどうのように変わってきているかを常に意識してその対策をねることもしないと上位に上がるのはむずかしくなってきています。特にオリンピックの柔道の試合を見ているとそれを感じます。

日本人は時にそれを潔しとしない傾向があります。ところが世界を舞台にした場合それがかえって足かせになりかねません。

自分の信念を貫くのと、戦略的になることは、時に相反するかもしれませんが、それをうまくバランス良くとりいれて考えていくことが必要なのでしょうがとても難しいことです。

我々美容外科でも、美容市場の流れを意識しつつも自分の信念に基づいた医療を貫くことが時にむずかしいことがあります。

それでも最後は「自分の医療スタイルはなにか」に行きつくのではないかと思っています。

何事も自分をまげてまで一番になろうとすることのほうが、私にとって最大のストレスなのだということが最近分かりました。

美容外科において患者さんに合った鼻の形を議論するには、術者の美的センスがかなり必要とされます。

一般的に美しいといわれている鼻が似合う患者さんのほうがむしろ少ない気がします。

英語の美容外科の教科書で美しいとされている鼻は西洋人の顔に合っているかもしれませんが、日本人の顔に合うとは限りません。

そういった意味も含めての「美的センスが必要」と申し上げました。絶対的な基準を患者さんに押しつけるのは美容外科とくに鼻の手術では御法度です。

そういった「美的センス」について一般的に申し上げるのはナンセンスですので今回は鼻の手術の基本的な考え方についてです。

鼻の手術を考えるときに、一番大事なことは、その土台です。

家を建てるときにせっかくデザインに凝ったとしても、土台がぐずぐずだといい家は建ちません。

鼻の土台は根もと(鼻根部)は骨でできていますが、鼻先になるほど軟骨によって支えられるようになります。

この軟骨のなかでとくに鼻翼軟骨と鼻中隔軟骨は、個人差が大きく人種によっても大きく異なります。

一般的に日本人の鼻の軟骨は貧弱です。鼻先を高くする目的で、こういった貧弱な土台の上に耳から採取した軟骨をのせても(耳介軟骨移植術といいます)思ったような結果になりません。

それどころか耳の軟骨を乗せた分、貧弱な鼻の軟骨自身が沈んでしまうのでプラスマイナスゼロになることもあるのです。

鼻先の高さを変えたい、思うような鼻先の形にしたい、鼻先を下げたいなどと考えるときにはまず土台がしっかりしているかどうか、貧弱であれば鼻中隔延長術を中心にした手術をかんがえることが一番早道だと考えます。

トヨタ問題についてしばしば書いてきました。

いろいろな意味で考えさせられることが多い出来事です。

トヨタの車が高品質であることは間違いないことだと思います。

消費者が車を手にして、そのあとどのように使っていくかということまでメーカーが責任を持つという点で問題があったのかもしれません。

それにしてもアメリカの公聴会で質問攻めにあっている豊田社長をみていると何とも言えない気持ちになります。

そのあとの従業員との懇話会で、思わず男泣きしたシーンには日本人ならその思いが痛いほど伝わると思います。

以前からトヨタの社風は、本当に地味なものでした。5~6代前の社長は通勤にカリーナを使っていたそうです。しかも自分で運転していたそうです。

徹底的に無駄を省く、そしてできるだけ多くのユーザーに安価で高品質な車を提供することをぶれることなく行ってきたのです。

公聴会で社長が、優先順位を1「安全性」、2「品質」、3「量」であることをあげていましたが、3番の「量」が1番2番を凌駕してしまったことが今回の問題の原因と考えられます。

これは我々美容外科でも全く同じことが言えます。安全性が最優先で次に施術の質であることを再確認する機会としたいです。

ところで私はここ20年ぐらいトヨタの車に乗ったことがありません。最近のコンピューターの塊のような車(エコカーを含む)にはちょっと抵抗があります。

走る、止まる、曲がるという車の基本がしっかりしている、というのが私が車に求めるもので、今回もそれにしたがって非常にシンプルな車を選びました。

形成外科は美容外科の必要条件ではありますが、十分条件ではないと考えています。

形成外科と美容外科には共通するものはあったとしても根本がちがうからです。

手術ひとつとってみても、形成外科の手術にははっきりした目標があります。形成外科手術は損なってしまった状態の回復ですから、術者も患者さんも目標が一致しわかりやすいです。

ところが美容の手術は術者が考えていることと患者さんのご希望が最初から一致しているとは限りません。一致しないのが普通といっても過言ではありません。

患者さんから漠然としたご希望、たとえば「目をぱっちり」とか「きゅっと小顔に」といったご希望があったとします。

こういったご希望の患者さんの話を詳しく聞いてわかるのは、おなじご希望でもほかの患者さんと内容が全く同じだったという人は一人もいない、ということです。

患者さんの最初のご希望が、話の途中で実は患者さんご自身の勘違いだったということもあります。

このように目標が揺れ動きなかなか定まらないなかで、それでも術者はなんとか患者さんのご希望をくみ取っていく、というプロセスが美容外科には必ず必要になります。

このプロセスには、術者のいままでの経験、インタビューのスキル、根気、提案力、コミュニケーション能力、謙虚さが必要とされるのです。

この訓練には形成外科のトレーニングだけでは難しいと考えるのです。

形成外科専門医だからといって、それですぐに美容外科(手術を含めて)ができると考えるのはあまりに無謀です。

しかし、そうかといって形成外科のトレーニングは必要ないかと言われればそうではありません。美容外科の診療のなかで形成外科での訓練が必要である場面が必ずあります。それについては次号で。

手術の術後期間とは手術でできた瘢痕形成が十分に収まるまでの期間を含めています。早くて半年、修正手術ならば長くて数年かかることもあります。

したがって術者のおこなった手術が良かったかどうかはそこまで待たないと判断できません。

幸い私の患者さんは手術後1年でも2年でも見せていただけるかたが多いのでとても感謝しています。

その経験をもとに手術のタッチアップをしたり、術後間もない患者さんの術後経過説明のときにそれをもとにお話しできます。

美容外科の手術経験があさかった時期には、術後の説明が一番難しく感じられました。どうしても「講釈師、見てきたような嘘をいい」という説明になってしまっていたからです。

最近では術後10年目の患者さんもみせていただける機会があるので、正直に見たままをほかの患者さんにもお伝えすることができます。

自分自身も、長年の経験が役に立つということを最近ようやくわかり始めてきたところです。

術後の患者さんに「腫れは必ず引きますから待って下さい」と申し上げるのは決して気休めから言っていることではないのです。ご安心ください。

2月も残すところわずかになりました。

今朝ご近所の庭の白梅がようやく咲きました。しばらくは我々の目を楽しませてくれそうです。

少しずつ春が近付いているのを朝の散歩で感じとることができます。

今日は、皇太子さまの50歳の誕生日です。私も今月でとうとう50歳になりました。

40歳になったときは人生の半分が過ぎて折り返し点、という感慨でした。50歳になってみるとまた違った人生の節目を感じています。

論語では「50にして天命を知る」とされていますが、まさに最近は「天命」を知る毎日です。

開業後暫くして自分の医療方針が確立した、ということを書きましたが、そのころから自分に与えられた使命?(そんなたいそうなものではないかもしれません)のようなものを感じるようになりました。

あれもこれも、と思っていたのが、結局は自分のやれる道はこれこれしかない、と悟りました。

それにしても自分がすでに50年間も生きているのが信じられません。

今年は、花粉症がひどくありません。2月も終わろうとしていますが、いまだにアレジオンを服用していません。

テレビでも花粉の量が例年より少ないと言っていました。去年の夏が冷夏だったからの様です。

「花粉症」という名前が一般的になったのはここ20年ぐらいではないでしょうか。

医学界で、花粉症について次々に「発見」されたのは1960年代ですが、患者さんはそれよりもずっと前から存在していたようです。

私も筋金入りの「花粉症」ですが、病名を知ったのは二十歳ごろだと記憶しています。症状は幼少時からありましたが、病名がなかったのでただの鼻炎持ちと片づけられていました。

鼻づまりがとくにひどく、夜が眠れないほどでした。小さい頃は親と同じ部屋で寝ていましたが、鼻が詰まりだすとみんなも眠れなくなるので一人隔離されてさみしい思いをした記憶があります。

「自分はなんでこんなに鼻が詰まるのだろう」と不安に思った時期もありましたが、「花粉症」という病名が一般的になってからは、「花粉症が始まった」ぐらいで不安になることはなくなりました。

このように病名がつくと不思議に「自分の症状はほかの人にもあるのだ」という安心感から気が幾分楽になります。

診療していて美容の手術後の腫れなどで心配な患者さんにも、一番安心していただけるのは、ほかの患者さんの術後経過について具体的にお話をして差し上げることだと思います。

「私だけが特殊ではない」とわかれば、安心して術後の数週間を過ごしていただけるようです。

一時、医学生の間で美容外科の人気があったようですが、今はどうなのでしょうか。ここ1~2年の不景気で美容外科人気にも陰りが見えてきているような話も聞きます。

勤務医でそろそろ開業を、と思っていた先生たちも二の足を踏んでいるかもしれませんが、開業を焦る必要はないと思います。むしろ勤務医時代にしかできないこともあります。そこで今日はそんな先生たちに、私が開業前の勤務医時代にやっておいてよかったと思うことを2,3挙げてみたいと思います。

医療技術:どんな医療を目指すかで変わってくると思いますが、プロとしてその分野では患者さんのあらゆる要望にこたえられる医療技術を身につけておくことが重要です。医療技術といっても手術に限りません。美容外科で重要なものはコミュニケーション技術です。自分の医療技術の得意なもの、限界も見極めておけるといいです。

ある程度の資金:とにかく開業後半年までは、いろいろ出費が重なりますのでキャッシュは多いに越したことはありません。ほしいものはちょっと我慢して貯金に励んでください。

人脈:やみくもに人脈を広げる必要はありません。ちょっと知り合いです、という関係は開業には役に立ちません。それよりは長年信用のある人間関係を築き上げることが重要だと思われます。とにかく患者さんに信用されることが一番重要です。看護師や受付の人などスタッフからの信頼も重要です。あとはもし銀行からの信用があると何かと助かりますが・・。

経営知識:小さなクリニックといえども経営主になるわけですから、最低限の経営についての知識がいります。とくに減価償却については、税理士の先生によく教えてもらっておいたほうがいいと思います。長年開業してる先生でも正しい知識を持っていない先生もおられます。

体力:並はずれた体力がいるわけではありませんが、開業には体力が要ります。勤務医時代から、自分の健康管理について常日頃から気をつける習慣が必要です。毎晩お酒を飲んで二日酔い状態で仕事をしていては、開業医として責任のある医療はできません。

医療方針:一番重要かもしれませんが結構難しい問題です。まじめな先生ほど雇われている身分のときは一生懸命事業主のために働きますので、自分の(経営を含めた)医療方針を考える機会がないかもしれないからです。私は遅ればせながら開業して2~3カ月ぐらいしてから自分の確固たる医療方針を自覚しました。

タイミング:結局はこれにつきますが、いままで述べてきたことができていればいつでも開業OKでしょう。できる前に開業のチャンスが来た時が迷うところです。思い切って開業してみたものの夢破れ、数年で勤務医に戻ったという先生もいます。せっかく通院してくださっていた患者さんを見捨てることになるのでこれだけは避けたいところです。

偉そうに書いてきましたが、私の経験がどなたかのお役に立てれば幸いです。

オリンピックの競技をみていつも思うのは、技や記録の進歩はいったいどこまで続くのか、限界はあるのか、ということです。たとえば、水泳自由形の記録は、ほとんど毎回新記録で塗り替えられています。

このまま塗り替えられていったとしても0秒にはならないのでいつか限界が来るはずです。それが何秒なのか、いつ到達するのか、到達したら競技は続ける意味があるのか、といったことが自分の中での「オリンピックの不思議」です。

もうひとつの「不思議」は、それまで不可能と思われていた技や記録がいったん誰かによって達成されるとそれはだれもが挑戦しやすくなることです。以前までは不可能と思われていた体操の新技が次の大会ではルーティンになっていたりします。

だからこそ世界初の挑戦を成功させた人には多大な名誉が与えられるべきだと考えられます。

翻って美容外科手術の世界でも少しずつではありますが、進歩があります。最初にある手術を成功させた術者はオリンピック競技者と同じように名誉を与えられるべきでしょうか。

手術をしていると全く新しい手術をすることは非常に勇気が要りますし、患者さんのことを考えると生半可な気持ちでは挑戦できません。

入念な文献考察、術者の今までの経験などを総動員して、100%確信が持てなければ決して行ってはいけない(簡単にいえば人体実験はできない)ところが医学の難しいところです。

しかし確かに新しい手術が開発されて今まで長年困っていたことが一挙に解決することも実際にあるのです。

そういった手術をするたびに我々は、初の術者に畏敬の念を抱くとともに、勇気を持ってその医師を信頼した患者さんに感謝するのです。

それにしても新しい美容手術などというのはそう簡単に開発されるものではありません。巷の美容外科のHPなどで見かける「私が開発した手術」などとうたわれているものはほぼ全例そうではありませんので、患者さんが人体実験されるのでは?という心配は御無用です。

カウンセリングをしていると、言葉の重要性をつくづく感じます。

患者さんと我々を結び付ける唯一の手段は言葉です。言葉によってイメージを共有する作業がカウンセリングといえます。

患者さんの持ってきていただいた写真や絵なども非常に参考になりますが、それをもってしても結局言葉を使って説明し質問するしかありません。

当然、患者さんの今の現状、今後のご希望、今までの経緯、どれをとっても言葉を介してしか情報を伝えられません。

美容外科で良く使われる言葉に、「自然に」とか「不自然にならないように」という表現があります。

何をもって「自然」というのか、どういう状態が「不自然」なのかというのは突き詰めると結構難しいのですが、普段からなんとなくわかって使っています。微妙で漠然とした言葉でもそのほうがリアル感がでることもあるのです。

逆にあまり突き詰めた表現をするとイメージを損なうこともあります。たとえば「寿し」という言葉はそれだけでなんとなく共通イメージがリアルに湧きますが、「死んだ魚の筋肉をご飯に載せた食べ物」と表現するとかえってイメージを損ないます。

「なんとなくイメージを伝えられる言葉」は、カウンセリングのときは誤解を招く危険性があるものの、結構重宝している面があるのです。

もしこれに正確性を求めるのであれば、漠然とした言葉の後に少しだけ具体的な表現を付け加えるとと誤解を避けられるかもしれません。

「お寿し、ちょうだい」だけじゃなく「握って」とか「さび抜きで」と付け加えるのと同じです。

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