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1987年の1月から東京で整形外科医として再就職。医学部を卒業してすでに3年が経過していました。

東京での生活は公私ともにすべてが新鮮で、仕事も私生活も充実していました。

整形外科医としての生活ぶりは番外編を予定していますのでそちらで書くとして、その後の転機が訪れたのは意外に早かったのです。

東京にきて1年がたち1988年の春に、とうとう名古屋大学に形成外科が独立したという噂が流れてきました。

そしてその年の夏、名古屋大学形成外科の初代教授となった鳥居先生から「先生のポジションが用意できたから帰ってきてください」との連絡がありました。

東京生活も2年目に入りぼちぼち慣れたころでしたが、この話ですっかり浮かれ気分から覚めました。

卒業以来かたく心に決めていた「形成外科医」になるという目標に未だになにも実現できていない自分にはっと気づき、東京の楽しい生活にもきっぱり別れを告げ名古屋に帰る決心をしたのです。

1988年の夏真っ盛りの8月、晴れて名古屋大学の形成外科医局に入り、今度こそ本当の「形成外科医」としてのスタートを切ることができました。

以前の時とはちがって大学でも大きな形成外科の手術があり、毎日毎日が初めて見ることばかりで知識や技術がどんどん向上していくのがわかりました。

そんな中、さらに自分にとっては目標の「美容外科」に1歩近づくことになる出来事がおきたのです。以下次号へ。

マスターズ出場が決まった石川遼選手には本当に驚きます。

ゴルフに関してはよくわかりませんが、あの年齢ですごい快挙だと思います。

17歳といえば高校2年生ぐらい、かれも現役の高校生で学業とゴルフの両立は大変だと思います。

私が一番感心するのは、記者会見などでしっかりした受け答えができることからわかる、彼の人格です。

本人もさることながら、よほどご両親の教育がりっぱなのだろうなということも推察されます。

普通、年齢のいった人でも、あれだけテレビにでているとそれなりにいい気になって、ぼろが出てくる人はいっぱいいます。

周りからちやほやされると必ずその人の「素」がでてくるものです。いつまでも隠せるものではありません。

でも彼を拝見していると以前からそれほど変わらずに、いつも自然体なのにしっかりしていることがすばらしい。

自分自身を完全にコントロールすることを幼少時から身につけているからそれができるのでしょうし、それが彼のゴルフでの強さなのかも知れません。

私も日頃から、患者さんと向き合っているときには手術の時も含めていつも心がけているのですが。

仕事からはなれてちょっと気が抜けたときに自分の「素」が出てしまい・・・、あとで後悔することが多いです。

まだまだ人間としての修業が足りません。

不景気の真っただ中といわれています。ちょっとマスコミを中心に過剰反応気味かなとも思いますが・・・。

そんな中で、消費が落ち込んでいるようですが、ものが売れなくなったのは実はもっと以前からのような気がします。

たとえば今の20代の若者に自動車離れが広がっているようです。

われわれの世代は、20才頃はとにかく自動車がほしいとおもったものです。車に憧れを感じていた人もいたのではないでしょうか。

考えてみると、今20歳の人は生まれてきたときから不景気でほとんど経済成長を経験したことがない人たちです。

高度成長時代に育った世代の考え方と根本的にちがうのでしょう。

彼らの消費スタイルを考えること、それが今後の経済を考える上でキーポイントになるはずですが・・・。

当分消費の中心になるのは今の50歳~60歳代になります。美容医療もこの傾向はしばらく続きます。アンチエイジングの流れはすでに美容外科の本流になっています。

しかしその先にはいったいどんな時代がきて、何が美容医療の中心になっているのでしょうか。見当もつきません。

いま、「小顔」についてホームページでアップする準備をしています。

基本的な手術はほぼアップし終わったところなのですが、「小顔」だけは特別にページを作ろうと思っているのです。

「小顔」の要望は非常に多いようですし、ほとんどのアジア系の人は顔を小さくしたいようです (よっぽど顎が小さい人とかは別ですが・・)。

八事石坂クリニックでは、手術を含めたナチュラルなアンチエイジングを主体にしていますが、「小顔」を目的にする手術は積極的に行っていこうと思っています。

患者さんからすると、20代の女性はもちろん、30代・40代のアンチエイジング世代の女性もほとんどが「小顔」志向だと思います。

ここでいう「小顔」は単に物理的に小さい顔、とはちょっと違うのではないか、と考えています。

小顔にする手術を書いていくのではなく「小顔」を手に入れる戦略を今後少しづつ書いていこうと思っています。

 

 

「形成外科」ではなく「整形外科」の研究生ではじまった名古屋での新生活。

何がへこんだかといって、形成外科に入局できないのもさることながら、自分一人食べていけるのがやっと、しかも整形外科と麻酔科のアルバイトでやっと食いつなぐといった有様だったことです。

「研究生」はつらかった。ずっと形成外科を目指しているのに、卒業段階ですでに進路が迷走し、今回研修が終了したところでも再び迷走。このとき不覚にも形成外科を一生の仕事にすることに初めて迷いが生じました。

形成外科が独立する気配もなく失意の日々をすごしていたころ、整形外科のアルバイト先で伊藤晴夫先生(当時名大整形外科の講師、現在東京厚生年金病院の副院長)に出会いました。伊藤先生は整形外科医としての腕はトップクラス、人格者でもあり、私の悲惨な状況を察して何かと便宜を図っていただけ、週に2-3回整形外科の手術を中心に教えて頂けました。

鳥居先生には週に1回ぐらいのペースで形成外科の手術をみせてもらっていましたが、意外にもあまり興味のわく手術はなく(当時形成外科の大きな手術は大学内ではできないという事情もあったのです)徐々に形成外科への情熱が失われていったのです。

そんなときに伊藤先生の東京厚生年金病院の赴任がきまり、先生から「東京に一緒にいきませんか」という話をもちかけられました。ちょうどそのころ私生活でもいろいろあって公私ともに一新するのにちょうどいい機会かな、と考えたのです。

整形外科に対してもこの半年間伊藤先生に教えてもらい興味もわいていたので、鳥居先生に相談してその話を受けることになったのです。

1987年の1月1日、はれて東京厚生年金病院の「整形外科医」となりました。

このブログで「美容外科医への道」シリーズを書いていますが、前回のブログで名古屋大学にもどっていよいよ形成外科医の1歩をふみだすところを書いたところなのですが、その時のキーパーソンが「鳥居教授」でした。

ところが奇しくも昨日その鳥居先生の「退官記念パーティー」の案内がきていました。

「形成外科医」になるのを夢見て、名古屋大学に初めて鳥居先生を訪ねて行ったのが24年前。その夢がかなえられたのが20年前です。

鳥居先生が教授になったのも同時期でした。

名古屋大学形成外科の発足当時は、鳥居先生以下には私も含めて、並木先生(現名古屋第2日赤形成外科部長)、林先生(現名古屋第1日赤形成外科部長)、竹市先生(現愛知医大形成外科准教授)、福田先生(現ヴェリテクリニック院長)のたった5人の医局でした。

小さな医局でしたが、医局員はみんな超個性的。超個性的というだけではもの足りない、絶対!変人の集まり!でした。

それまで、自分自身のことは、かなり個性的で変わり者だという自覚はありましたが、この医局に入ると本当に自分が「まとも」に思えたものです。

今でこそ、形成外科とか美容外科はかなりポピュラーになった感がありますが、20年前、名古屋では形成外科の黎明期。そんな時代に形成外科を志す、などという医者は、よっぽど先見の明がある人間か、もしくはよっぽどの変人。

その時のメンバーは全員自分のことを前者だと思っているはず。

20年前がとにかく懐かしいし、その後の20年間は長かった・・・・です。鳥居先生、本当にお疲れ様でした。

卒後の進路も決まって、卒業・医師国家試験も無事通過。1984年の春、はれて医師として大学での麻酔科研修が始まりました。2年間の麻酔科研修は番外編で書くとして、その間でも形成外科・美容外科への道はあきらめてはいません。

友人からの情報で、そろそろ名古屋大学にも形成外科ができるらしいと知って、「これはよかった、名古屋に帰れるし形成外科にも移れる」ということで、1年目の研修が終わったところで名古屋大学の鳥居先生(当時名古屋大学整形外科講師)にアポをとって相談することにしました。

当時名古屋大学には形成外科の医局はなく、警察病院の形成外科から名古屋に戻っていた鳥居先生が整形外科の医局の中で形成外科診療班として診療を行っていました。

鳥居先生に会ってみると、近々形成外科は独立するからぜひうちに来てください、とのこと。私の方は麻酔科の研修がもう1年残っていることを話して、来年になったら入局することで話がまとまりました。

予定通り2年間の岡山での麻酔科研修を終えた後名古屋にもどり、いよいよ形成外科医としての再スタート、ということで意気揚揚としていました。

ところが名古屋大学に行ってみると、形成外科の独立話はとん挫しており、私のポストのめどは全くついていない状態。いつまでになるかはわからないが整形外科に入って研究生になり、形成外科の独立を待つということになりました。

ちなみに「研究生」とは大学で働く医師のなかで最低身分、無給であることはもちろん研究費を払わなければいけない立場、かつ大学院生でもないため何年やっても学歴にならない身分です。

1986年の春、私は今でいう「フリーター」になり、なんとも情けない再スタートとなってしまいました。以下次回へ。

昨日1月17日、とうとう今年もやってまいりました。

それは憎き「花粉症」の季節です。

朝から妙に鼻がむずむずするな~と思っていたら、昼ごろにくしゃみの連発。

風邪をひいたかな、と思いましたが鼻以外の症状が全くないことから、「花粉症」と自己認定しました。

他の人に比べると毎年発症の時期が早いのですが、今年はこんな時期から始まるなんて・・・。

この花粉症、私の場合例年「梅雨入り」まで続きますので、およそ4ヶ月間のお付き合いになります。

もちろん抗アレルギー薬(アレジオン)を服用しますので症状は抑えられるのですが、ちょっと憂鬱です。

しかし、いい方向に考えればもうすでに「春」の兆しがみられているということですよね。

日曜日の朝の気分で書いたら、何となくしまりのない文章になってしまいました。

今週はちょっと忙しくなりそうですので、アレジオンを飲んで頑張ります。

昭和40年代を過ごした方であれば、一度は切手を集めたことがあると思います。私もちょうどそのころ小学生で、少ない小遣いで切手をかった覚えがあります。

この切手には大まかに「普通切手」と「記念切手」があります。記念切手には「月に雁」とか「見返り美人」などがあり、こちらはきれいで知っている人も多いのですが、それに比べて「普通切手」は地味で、実用的なものが多くあまり集めた経験のある人はいないのではないかと思われます。

ところが本当の「切手マニア」はこの普通切手しかも使用済みを収集するそうです。とくにこの普通切手のうち明治初期頃の「手彫り切手」にはおそろしく高額の珍しいものがあるそうです。

先日の「お宝~なんでも鑑定団」をみていたところ、1000万の借金のかたに預かった切手の鑑定を依頼したある会社の社長がでていました。

この切手が「手彫り切手」のうち1872年に発行された『「桜切手」の政府印刷』というもので、額面は当時ではやや高額の「20銭」、使用済みです。これが2枚です。

古いとはいっても所詮「普通切手」、見た目も非常に地味でそんなに価値があるものとはとても思えないのです。しかもストーリーがいわゆる「だまされパターン」です。たいてい借金のかたになるようなものは「くず」が相場です。

ところが鑑定の結果がでてびっくり!これが1枚2500万円!!2枚で5000万円!!!、これ以外に現存するものが3枚確認されていて、他のものは「大英博物館」などに保存されているとのことでした。

たしかに手元にあった古い切手カタログをみていると、何万種類とある切手のなかで、これだけが写真がなく未発見とかかれていました。

本当の切手マニアには垂涎のものと思われますが、それ以外の人にとってこの切手を所持する楽しみはなんだろうと考えるとこれほど「無価値」なものはないのではとないかと考えてしまいました。鑑賞する楽しみすらありません。

いずれにしてもものすごくびっくりしたのち、ふとさみしさを感じるすばらしい逸品でした。

続き~

卒業目前に麻酔科の医局入局を決心、麻酔科の新人歓迎会にも出席しました。この会に出席すれば入局の最終決定という意味もある重要なものでした。飲んで、食べて、その帰り道に「ああ~自分もこの道にとうとうすすむことになったな~」とつくづく感じ入りつつ自分の部屋にもどってきました。

しばらく休んで寝ようとしたところ、部屋の電話が鳴り、聞きなれない男の人の声で、

電話「あっ~夜分すいません。わたし川崎医大の森口ですが・・。」

大口「はっ・・・!?  はいっ! 大口です。先日はどうも・・」

森口先生「先日の話ですが、うちにきてもらえるように準備しましたので、電話しました。」

大口「はっ?えっ?僕入局できるのですか?どうしてですか?」

よっぱらった頭で、事情がすぐ飲み込めず、しばらく電話で話をきいていたのですが、ようするに話はこういうことでした。

森口先生もあのあと、荻野先生の手紙まで持ってきた私のことが気になって、(その後いろいろ事情があったようですが)各方面にはたらきかけてくださって、私のポストの見通しができたので今日電話をした、ということでした。

私は、どうしよう、いまさら麻酔科入局をやめるわけにもいかず、そうかといって形成外科にも行きたいし・・・。しばらく迷った挙句、結局森口先生にはたいへん申し訳なかったのですが、丁重におことわりました。

この1日の差 (森口先生の電話が1日早ければ・・・と、今から25年前のことですがこの日のことを昨日のことのようにはっきり覚えています) が私のその後の運命を大きく左右することになろうとは知るよしもありません。以下次号へ

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